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DVが原因で、15年ちかく恨んでいた父親と和解した話 その2

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こんにちは!ともカメラ管理人、ともひろ(@Tomo_camera_)です!

前回に続き、僕が父親と和解するまでの話を書いていきます。

その1はこちら

tomo-camera.hatenablog.com

 

時間が経つごとに、自分が「この父親の息子なんだな」ということがわかってくる。

前回、僕がいままで受けた理不尽な暴力を、

思いつく限り列挙して親にメールで送りました。

 

幼い記憶は4歳から、約20年分の暴力の記憶です。

理由はどれだけ父親を恨んでいるか本人にわからせ、父親と同じ名字を捨てるため。

 

僕が送ったメールを読んだ父親は、ショックで寝込んでしまったと聞きました。

それほど落ち込んだのでしょう。

「ざまみろ」と思いました。

「そのまま一生寝込んでしまえ」と、いままでの仕返しができて嬉しかったです。

そのメールを境に、両親とは1年以上連絡を取りませんでした。

 

ただ、最初は「ざまみろ」と思った父親のことがだんだん気にかかってきます。

息子に嫌われて、連絡も取ってもらえないでおれの両親ってかわいそうだな…。

と思いつつ、ずっと連絡は取りませんでした。

気まずかったのもありますし、いまさら和解はできないと思っていたからです。

 

でも両親と距離を置けば置くほど、

僕が好きなものやハマっているもの、生き方や考え方って、

すべて父からの影響だということがわかってきました。

 

音楽や映画の好み、父の部屋にあったギターやカメラにハマって、サラリーマンが嫌いで自由な生き方をしているところまで、

「おれはこの父親の血が流れている人間なんだ」というのが、否が応でもわかってきました。

 

それ以来、両親に感謝の気持ちが芽生えました。

アラサーになってやっと両親に感謝し始める息子って、終わってますが(笑)

 

彼女と別れて実家に戻ることになり、3年半ぶりに両親と暮らすことになった。

彼女と同棲を解消したのがきっかけで僕は吉祥寺の実家に戻ってきました。

 

お前が嫌いだから名字を変える」と言ったきり、1年以上連絡をしなかった息子を、

両親は優しく迎えてくれました。

親の愛情の深さがよくわかって、自分がとてもちっぽけで情けなくて、

優しさが嬉しくて、久しぶりに親の前で泣きました。

 

実家に帰ってきた日の夜、父親の部屋に呼ばれました。

 

来たか…。

僕は緊張を胸に、父の部屋に向かいました。

 

はじめて、父と息子で腹を割って話し合った。

父は酔ってはいたものの、緊張している面持ちで真剣に話してくれました。

「小さい頃から恐ろしい想いばかりさせて悪かった。」

「でも、いつまでも親に怯えていたら、お前の人生は駄目になってしまうからそろそろ未来を向け。」

「好きに生きろ、好きなことをやれ。もしもお金が尽きたら、親はいつでもお前を助ける用意をしている。」

「お父さんもお母さんもお前が生まれてきたことを神様に感謝しているし、愛している。」

という話でした。

僕も、

「どれだけ暴力をふるわれて恐ろしかったか」

「その後の人生にどれだけ悪影響を与えたか」

「いまこの瞬間から、もう恨むことはやめる」

「家族としてやり直したい」

 ということをしっかり伝えることができました。

 

そして、約15年間ぶりに"お父さん"と呼ぶことができました。

 

ようやく、ようやく僕は父と和解できました。

 

連絡を取っていなかった1年間、

父が生きてる間に和解は無理かもな…。」と思っていました。

父親が亡くなってから、

父の墓の前で謝っている未来の自分を想像していました。

「このままだと後悔する」とわかっていながら、父と面と向かって話すことを避けてきました。

 

でも、やっと家族に戻れました。

10年以上抱えていた、胸の重荷がなくなった気がします。

これで、ようやく僕も前に進めます。

 

そして、カメラが大好きな父は、

カメラが大好きになった息子に、あるものをプレゼントしてくれました。

 

 

それは、、、

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35mmフィルムカメラライカM6でした。

ライカキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

やっと和解した父から、すさまじいプレゼント。

急に話が脱線してしまいますが、父が「いいカメラ」をプレゼントしてくれました。

父はもう40年?50年?とにかく何十年とカメラが大好きな人です。

僕とは機材のレベルが違いすぎました。

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父の部屋の防湿庫の中にはライカ、カールツァイスハッセルブラッドのカメラやレンズがこれでもかと詰め込まれ、

部屋を見渡せばいままで撮影してきたフィルムが几帳面に壁に整頓され、

"撮影テクニック"や、"被写体ごとの撮影のコツ"が、

雑誌の切り抜きで何百ページとファイルにまとめられていました。

 

そう、

カメラにハマってから入った父の部屋は、宝の山だったのです\(^o^)/

 

「50mm単焦点1本貸してー」と、防湿庫の中のレンズを適当に手に取ったら、

ノクチルックス50mmF1.0という、中古価格が80万円くらいするレンズでした。

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ヒョエエエエエエエエエ価格がおかしい…。

 

父も息子がカメラにハマってくれて本当に嬉しいようで、

「部屋にあるカメラ、レンズ、フィルム、フィルターはすべて好きに使って良い」

と言いながら、

もう1台ライカM6を貸してくれました。

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ファインダー視野率が違うので2台持ってると便利だよ( ^ν^)」とのこと。

 

えっなにその贅沢。

 

色々とありましたが、こうして僕は父と和解しました。

いまは久しぶりの両親との生活を楽しんでいます。

 

けっきょく、親には勝てません。

迷惑をかけたぶん、これからたくさん恩返しをしていこうと思っています。

 

ライカについてはまた次の記事で。

 

では、このへんで!

 

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