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ともカメラ!~引きこもりがカメラを趣味にしてから~

家の中が大好きな引きこもりが、カメラを持ってからの記録。

僕は風景写真が撮れない。

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こんにちは!ともカメラ管理人、ともひろ(@Tomo_camera_)です。

 

僕は風景写真が撮れない。ってタイトル、"何いってんだ"と思う人もいるでしょうが

きょうは僕の本音を聞いてください。

 

風景写真?だれかがクッソ綺麗なやつインスタにあげるだろ、ってのが本音

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僕は風景写真が撮れません。マジで撮れない。シャッターを押せば撮れるけどそういうことじゃなくて。

 

風景写真を撮る気が1ミリも湧かない。

 

1ヶ月くらい前は、「春になったら桜をたっくさん撮りに行くぞー!(^o^)」なんて思ってましたが、家の周りと井の頭公園でちょろっと撮っただけです。

なんでこんなに風景って撮る気が湧かないのか。

 

それは、

僕が風景写真を撮る必要がない。 

って思っちゃうから。

 

もともとインドアな人間なので、どこかに出かけるのが億劫っていうのもある。 

でもそれ以上に、誰かがこの場所で、同じようにシャッターを切ったら同じような写真が撮れるんだろうなって気持ちが勝って撮る気が湧きません。

 

桜の名所の写真とかも、誰かがTwitterやインスタにクッソ綺麗な写真を何百枚とアップするでしょう、どうせ。

そう思うと、風景写真に興味が湧かない。言葉悪いですね、ごめんなさい。

ひねくれてるんだと思います。

同じような理由でも撮る気が起きない。綺麗だとは思いますが。

 

興味ないものを撮ってもいい写真は撮れない。

これは僕だけですかね?単なる技術力の問題かもしれません。

興味ないものは上手く撮れません。

 

すこし前、品川の水族館に1人でクラゲを撮りに行きました。

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これらが"いい写真"や"うまい写真"かは置いといて、

クラゲは撮っていてとても楽しかった。

ゆらゆらと発光しながら、一瞬たりとも同じ形でとどまらない透明な不思議な生き物。

夢中で100枚近く撮りました。

 

そこから数十メートルあるいて、今度はたちが水槽に入れられていました。

僕は"水の生きもの"が苦手なので、魚を見ても"うわ気持ち悪っ"としか思いません。

カエルが世界でいちばん無理ですから、どことなく似ていて嫌悪感を覚えます。

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"せっかく水族館来たし…"という義務感で何回かシャッターを切りましたが、いい写真は全く撮れませんでした。

ていうかいま見ても気持ち悪い。

 

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ファインディング・ニモがいたのでこちらも撮りましたが、

「だからなんだよ」という感想しか湧いてきません。魚に興味ないから当たり前ですね。 

たぶん、風景にもまったく興味ないんでしょうね。

こんな僕が無理やり撮った写真よりも、風景写真が大好きな人が撮った写真の方が確実に綺麗でいい写真です。

それでいいやと思っちゃう。だから撮る気が湧かない。

 

じゃあともひろ、お前は何に興味があるんだよ。

 

風景や花よりも、"人"を撮りたい。その一瞬を撮りたい。

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僕が撮っていて楽しいのはです。人とクラゲだけかもしれない(笑)

"うわ、性格合わないなぁ"って人でも、撮影が始まればいつも楽しくてしょうがないです。

だって、目の前にいる人の一瞬を撮れるのは僕だけだから。

だから楽しい。撮る気が起きる。

風景写真と違って"人"は、誰が撮っても同じにはならない。

 

被写体さんとのコミュニケーション、距離感、自分の技術、天候、ロケーションetc.

すべて僕にしか撮れないものを撮っているという実感がある。

 

もちろん、僕よりも人の撮り方が上手いカメラマンなんて星の数ほどいます。

でも、それでいいやとはならない。

もっと上手くなりたいと思う。負けてらんないから凹むし、勉強もする。

 

同じ理由でライブ写真も大好きです。

どれだけ疲れていても、筋肉痛でも、ライブを撮っている時は気になりません。

目の前の過ぎていく一瞬は僕にしか撮れない。

だから最高に楽しい。僕は本当にライブ写真を撮るのが大好きです。

 

ライブを撮っていると、「この瞬間を撮らなきゃ何のためにカメラ持ってんだ!!」って思う瞬間があります。

絶対に外せないジャンプの瞬間とか、

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バンドさんがかっこいい表情やポーズをしてくれた時とか。

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どれも、僕にしか撮れない1枚でした。他の人では撮れませんでした。

だから、生きてる実感が湧きます。

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引用URL:https://i.ytimg.com/vi/yQhaTQVyaCc/maxresdefault.jpg

どっかのグレイ・フォックスみたいなこと言ってますが、ほんとにそう思います。

 

終わりに:周りに流されず、興味あるものを撮ればいい。そのほうが楽しいです。僕はもう吹っ切れました。

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正直いうと、ちょっと焦ってました。

TwitterInstagramを見れば、信じられないほど綺麗な風景写真が毎日毎日タイムラインに洪水のように流れてきます。

そういう何百個もイイね!やリツイートを集める写真を見て、

"こういう写真撮って、たくさんリツイートされなきゃ…!"って焦ってました。

 

でも、興味ない風景や花を無理やり撮ってもいい写真なんて生まれないし、なにより面白くない。

好きで撮ってる人にはかなわない。

だから、もう風景は撮らなくていいや。と思えるようになりました。

 

そうやって吹っ切れたのは1ヶ月前、父からの

「お前は俺と同じで興味ないことは1ミリも出来ないんだから、好きなことだけして生きていけ。それで絶対大丈夫だから。」  

って言葉でした。

 

自分でも"好きなこと以外、何も出来ない"ことに気づいてましたが、

親にいわれると安心したというか、どこか吹っ切れました。

親がそうなんだからそりゃ僕もできないわ、っていう(笑)

 

だから、この先も僕はきっと風景写真が撮れない。

でも、人を撮って生きてくんだろうなって思います。

 

僕は風景が撮れない。でもそれでいいや。